叶う。 Chapter2
そして私はそのままピアノに向かって歩いて行った。
待機していた人が、私のために椅子を少し引いてくれた。
私が座るとその人は高さを確認してから、頑張ってと蚊の鳴くような声で言って下がっていった。
集中するために、すっと息を吐き出す。
胸に下げられた鍵をそっと握った。
正直にこの曲はとても長い。
第1楽章から第3楽章までを連続で弾き続けるのは、練習では途中で集中力が切れる事も度々あった。
だけれどあれだけの練習の成果を今この時に全て発揮しなくてはならない。
私は漆黒の輝くピアノをじっと見つめると、不思議と和也の瞳の色を思い出した。
そしてゆっくりと両手を鍵盤の上にかざした。
目を閉じると、優しくその指先で鍵盤を押した。
途端に響き渡る心地良い音色が、何故か私の心を落ち着けてくれた。
私は目を閉じたまま、演奏を続けた。
大丈夫、鍵盤の位置も微かな音色も距離感もきちんと把握出来ている。
それだけで充分だった。
私は頭の中にベートーヴェンのストーリーを思い描き、メロディにしてそれを奏でた。
愛しい人を想い、それを想像し、自分が相手にそれを聴かせているような気分で私は演奏を続けた。
第2楽章に入る時、私はゆっくりと目を開いた。
ここからは流石に視界にとらえていないとミスする可能性があるからだ。