天翔ける君



――痛いだろうか、苦しいだろうか。
恐怖で一杯だったが、恵都は抵抗しなかった。

例えばここから逃げ出したとして、またいつもの生活に戻る。
そちらの方が恵都には恐ろしかった。

「……私、死にたい」

恵都が震える声でつぶやいたその瞬間、勢いよく襖が開かれた。

「こら千鬼!ここで食うなって言っただろ!」

怒鳴りながら部屋に入ってきた男は、恵都に覆いかぶさったままの千鬼を引きはがす。

「誰がこの部屋を片付けると思ってるんだ!」

千鬼は言い返すでもなく、短いため息を吐いて頭をかく。

男はその薄茶色の髪によく合う渋い色の着流しをさらりと着こなしている。
年の頃は千鬼と同じくらいだろうか。

「千鬼!聞いてるのか!?」

「分かった分かった」

もう一度ため息を吐いた千鬼には角もなければ瞳も赤くなくなっていた。



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