恋するキオク
「…っ!」
オレは咄嗟に茜の腕を掴んで、そこに触れようとした手を止めた。
驚いた茜がオレを見上げる。
「ご、ごめん……痛むのか」
「…なんでもない」
オレは肩まで降りたシャツをかけ直し、ベッドから離れた。
床に落ちた荷物を持ち上げて、何も言わずに玄関へ向かう。
「ちょっ、圭吾っ!」
茜を振り返らず部屋を出ると、待っていたようにたくさんの水滴がオレにまとわりついてきた。
こんな雨なんかじゃ全然弱い。
もっと、もっと、何も考えられないくらいにオレを打ちつけろ……
オレはそのまま暗闇を駆け抜けた。
走りながら携帯を開いて、時間を確かめる。
いつもよりずいぶん早い時間帯に家に着くことになった。
普段なら親も寝静まった頃だ。
そして朝も、親が勤めに出た頃にオレは家を出ていたから。
今は話をするのも疲れるな。
顔も合わさず部屋に入れればいいけど。全身ずぶ濡れの、こんな身なりだし。
そんなことを思いながら、オレは家の前の角を曲がった。
すると目の前に立つ、傘を持った一人の影。
「おかえり。今日は早いなぁ」
「省吾…」
傘を打つ雨の音が、一層大きく聞こえた。