妖刀奇譚





幸せに。



それは琴が死の間際まで案じていたことだった。


胸の奥に、その言葉がのしかかってくる。


石抱の拷問を受けているように重く、痛い。


思葉の心情を察してか否か、琴は上を向いて、どこか晴れ晴れとした表情になった。



「これでようやく、わらわもかの世へ旅立てる。


もう此岸には何の未練もない……最後に賭けていた主がろくでもない者だったら、わらわはこの身が消滅するまで留まっておっただろうな。


消滅する前に踏ん切りがつけられたのは、そなたのおかげじゃ、礼を言うぞ」


「ちょ、ちょっと待ってよ」



思葉は琴の雰囲気に流されそうになっていたが、寸でのところで我に返って彼女の手首を掴んだ。


キンキンに冷えた鉄のようだった。


距離が近くなって、思葉は琴の背が自分より小さいのに気付いた。


自分より低いところにある、どんぐり眼を覗き込む。



「本当に……本当に行っちゃうの?」


「ああ、ずっと抱いておった未練がなくなったからな


それに、使いたちとの約もある、破るわけにはいくまいに」




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