悪い男〜嘘つきより愛を込めて〜
私を一瞥しても顔色を変えず、全てを忘

れたかのように冷静に振る舞う男。


私は、動揺を隠し扉を閉めた。


2人の会話から理解できたことは、彼が

飛鳥建設を継ぐ為に来月には日本に帰っ

てくるということ。


…あの時はうまくごまかせたけど、彼と

会う機会が増えれば、いつか気づくかも

しれない。


いいえ…彼の態度が物語っているじゃな

い。


彼は、私なんて眼中にないわ。


今まで通り、社長の側で秘書として数ヶ

月を過ごせば、残酷なタイムリミットが

くる。


もうすぐ誕生日…どこかの誰かと見合い

をして結婚する。


従姉妹の結婚式のあの日に、母に突きつ

けられた条件。今まで社長秘書になって

休みがあってもないようなもの。だから

、彼氏ができても長続きしなかった。


男たちの欲しい言葉も言えず、仕事を優

先すれば『俺より、仕事が大事⁈』と聞

かれ素直に頷けば去っていった。


今更、恋愛なんて無理…仕事と恋愛の両

立ができるほど器用じゃない。


あの日は母と、親戚からのプレッシャー

で滅入っていた…そんな時に彼、飛島 零

に出会いひとときの夢を見た。


一夜の幻で良かったのに、再び再会する

なんて思いもしなかった。


今更、あの日の女ですと名乗るつもりも

ない。いずれ、彼はどこかの若い令嬢と

会社の為に…もしくは、愛する相手と結

婚するだろう。


この年齢で、危ない橋は渡れない。


だから…

この間、母の勧めるお見合い相手に会う

と約束したのだから…


……このまま、素知らぬふりをして、ど

こかの誰かとお見合いをして結婚する為

に退職する。


それが一番いい方法だとその時の私は、

自分を納得させていた。


その時、彼が社長に条件を出していたな

んて、この時の私は思いもしなかったの

だった。



春の人事異動の辞令が出た。

秘書課

社長秘書 宮内 胡桃

本日より、副社長秘書を命じる。


副社長秘書⁈


何度も瞬き、目の錯覚だと思いたかった

のに、心が折れそうだった。


彼の側は危険過ぎる。


慌てて、退職願いを書き社長室へ向かい

、ドアをノックする。


「…どうぞ」


「失礼します」


ドアを開け、ソファに人がいることにも

気付かずに社長の前に立った。
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