Love nest~盲愛~
彼が立ち去った後、彼の事を『坊ちゃま』と呼ぶ年配の女性が部屋に現れた。
私の鞄を手にして、にこやかに屋敷の中の説明をする。
けれど、それが何一つ頭に入って来なかった。
彼から受けた刻印の熱と、優しさの込められた甘いバリトンボイスが脳内を占拠していて。
彼女の名前は、今井多恵(いまい たえ)。
彼が生まれる前から西賀家に仕えている使用人で、一番の年長者だそうだ。
所謂『婆や』的な存在で、彼も一目置いているらしい。
私の鞄を運んでくれた男性は、奥村義之(おくむら よしゆき)。
今井さんに次いで長く使える執事長だそうだ。
沢山説明して下った中で唯一拾えたのがこの2つだった。
完全に放心状態の私は、相槌を打つ事さえ忘れていて……。
今井さんの視線が私の首元に向けられたのに気付き、漸くハッと我に返った。
咄嗟に手で覆ってはみるものの、どこにどれだけ刻印されたのかすら解らない。
羞恥のあまり俯くと、今井さんは何事も無かったかのように私を浴室へと誘導する。
「えな様。お風呂の準備が整っておりますので、今日はゆっくり浸かってお休み下さいませね?」
「…………はい」
「何か要りようでしたら、気兼ねなくお申し付けくださいませ」
「……………はい、すみません、ありがとうございます」
「では、私はこれで失礼致しますので」
「………はい」
優しい笑みを浮かべた今井さんは優雅に会釈して、その場を後にした。