君をひたすら傷つけて
「どうした?」

 私の視線に気づいたのか、慎哉さんは私に聞いてきた。これは言うべきなのか、言わない方がいいのか、迷った末に口にした。

「さっきまでの慎哉さんと違うから、戸惑い中」

「悪い。女に溺れるというのは海を見ていて、少しは抑えろと思ったものだが、自分の身になると、中々、抑えるのが難しいものだと分かった。明日からは海が里桜さんの惚気を零しても優しくなれそうな気がする」

「女に溺れるって誰が?」

「俺が雅に決まっているだろ。これが溺愛って言うんだな。勉強になったよ」

 そういって、声色も変えず、表情もいつも通りで、完全に感情を抑え込んでいるように見える慎哉さんが『俺が雅に溺れている』と言われても、信憑性が薄い。大事にされているし、好かれていて、愛されているとも昨日の夜に感じた。でも、溺れている言うのは感じられない。

 コーヒーを飲みながら、綺麗に盛り付けられたサンドイッチに手を伸ばしている。そう言いながら、テラスから見える綺麗に整えられたガーデンを見つめていた。どこから見ても、平常運転の慎哉さんにしか見えなかった。

「食事が終わったら、少しドライブしてから帰ろう」

「大丈夫?マンションに帰った方がいいと思うけど」

 昨日も遅かったし、今朝もギリギリまで寝ていたとはいえ、睡眠とは違う。きっと、疲れがピークに達して、慎哉さんが誤作動していると思った。そうじゃないと、こんな光が溢れる場所で綺麗な微笑みを浮かべながら、『俺が雅に溺れている』とは言わないだろう。
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