君をひたすら傷つけて
「雅が…」

「え?」

 お兄ちゃんは私の名前の後に何か言おうとして、少しだけ自分の零そうとした言葉に躊躇したかのように見える。でも、それは見間違い。お兄ちゃんは澱みなく言葉を紡いだのだった。

「雅がフランス留学に行くから、その前に本格的な和食を食べに連れて行きたかった。しばらく本格的なのは食べれないだろうからね。だから、緊張しないでいいから楽しんでほしい」

 海外に行くと食生活がその国のものになってしまう。そんな私にお兄ちゃんが用意してくれたのは最高級の日本料理だった。これがお兄ちゃんの気持ちだと私も分かっていた。料理人の技が極められた料理の一皿一皿にお兄ちゃんの思いを感じる。味は最高に美味しい。でも、それ以上に心が温かくなる。お兄ちゃんの思いが嬉しかった。

 口に入れると広がるのは濃厚な素材の味。どうして料理したらこんなに食材を美味しく作ることが出来るのだろうか?どこにでもあるような野菜がこんなにも洗練された味になるのはやはり技量だとしか言いようがない。

「美味しい」

「そうか。それならよかった。留学が終わって帰ってきたら、もう一度ここに来よう」


 そんな優しい約束に私は自分の顔が緩むのを感じる。もしかしたらフランスに留学することでお兄ちゃんとの仲はこれで終わりかもしれないとさえ思っていた。
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