君をひたすら傷つけて
 これを言うためにお兄ちゃんはこの暑い中走ってきたのだろうか?メールでも電話でも今でなくてもいいのに、お兄ちゃんは今、ここにいる。

 仕事だと言っていたのに…。

「うん。ありがとう。行ってきます」

「ああ。頑張ってこい」


 お兄ちゃんの微笑みに微笑みで返すとさっきまで重くて仕方なかった足がゆっくりと動き出す。私が振り返ると、お兄ちゃんと視線が合い、お兄ちゃんは『それでいいんだ』というような肯定に満ちた微笑みを浮かべる。

 お兄ちゃんに見送られながら、私はフランス行きの飛行機に乗り込んだのだった。


 席に着き、窓の外を見る。私の座る席からは空港展望台の見送り席が少し先に見える。一番端に見えるのはスーツを着た男の人で遠目に顔までは見えないけどお兄ちゃんだと思う。


『行ってきます。』

 見えないはずのお兄ちゃんに私は小さく手を振った。

 空は綺麗な青が広がっていて、その青をバッグにお兄ちゃんは飛行機の方を見つめていた。今度、お兄ちゃんに会えるのは一年後の帰国した時。

 お兄ちゃんの目の前で恥ずかしくないようになりたいと思った。



< 215 / 1,105 >

この作品をシェア

pagetop