君をひたすら傷つけて
 ドキッとした。ドキッとしなかったとか、何とも思わなかったとかは嘘になる。アルベールの声は静かな空間に優しく懐かしい日本語の響きが耳に届いた。

「本当に日本語が上手ね」

「少しならだよ。モデルはバイリンガルもトライリンガルもいるのが当たり前だから、日本語を話しても可笑しくないだろう」

 アルベールは固まったままの私にクスクス笑う。私の反応が面白くて仕方ないのだろう。男の人と二人でいるというのに慣れてない私はただ戸惑うばかりで言葉が上手く出てこない。

 私が深く話した男の人と言えば義哉とお兄ちゃんだけ。その中にアルベールは入ってこようとしている。

「そんなに名前で呼ぶのは難しい?」

「慣れてないので」

「俺はファーストネームで呼ぶけど、雅はファミリーネームでもいいよ。少しの間なら。そのうちファーストネームで俺のことを呼ぶようになるから」

 強引に踏み込んで来ようとするのに躱すように逃げようとするとスッと引く。私に逃げ道をくれる。それも掠る程度の逃げ道で、逃げ道と思ったら、迷い道の様でもある。

 話しているとアルベール・シュヴァリエが分からなくなる。少しの間ならって…。これからも会うつもりなのだろうか?

 何を考えているのか分からない。それが私の中での彼の印象だった。
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