君をひたすら傷つけて
 目の前にいるのは黒のスーツを着込み、綺麗に髪を整えた白髪交じりの穏やかな微笑みを零す男の人だった。彼の手元には大きな黒革のケースに挟まれた予約表らしきものがある。これを見ながら、彼は来店されたお客様を案内するのだろう。でも、そこにはアルベールと私の名前は無い。断られる可能性の方が高いはずなのに、それでもアルベールは平然としているように見える。私が感じる格式も、敷居の高さも感じているようには見えない。

「席は空いてますか?二人なんだけど」

 受付の人は恭しくお辞儀をすると、アルベールの方を向いて微笑んだ。職業柄ではない親しみの籠った微笑みだった。

「お久しぶりです。アルベール様。お席の方は少しお待ちいただければご用意出来ます。予約が詰まっておりますので、個室や窓際の席は難しいかもしれませんがそれでもよろしいでしょうか?」

「予約なしで来てしまった私の方が悪いから席を用意して貰うだけで十分だよ」

「畏まりました。では、ソファで少々お待ちください」

 あまりにもスムーズな展開に私がアルベールの方を見ると、アルベールは私に向かいニッコリと微笑むのだった。

「アルベールの知り合いなの?見知った感じだったけど」

「知り合いというか…。俺の叔母が経営している。一族の中で俺が変わり種でモデルをしているけど、それ以外はこんな風にレストランを経営したり会社を経営したりとしている」

 アルベールと一緒に過ごす時間は多かったけど彼の家族のことを殆ど聞いたことはなかった。ご両親は健在で南フランスの方に住んでいるということくらいしか私は知らない。いつも話すのは仕事の話ばかりで、個人的なことはアルベールが話したこと以外は知らなかった。
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