君をひたすら傷つけて
「このプロダクションには俳優は勿論、モデルも数多く所属している。だから、私たちのようなスタイリストの事務所も多数出入りしている。その中に入って行くのだから、容易じゃないわね。知り合いの紹介で来ることは出来たけど仕事を貰うにしても日本での実績を上げないと無理ね。今日は挨拶よ」

 エマはアメリカで活躍していたとはいえ日本ではまた始めたばかりだから、同じ欧州でリズがイタリアに事務所を開いたのとは違う。フランスとイタリアは陸続き。でも、アメリカと日本では全く違う。

「でも、挨拶で終わるつもりはないけど」

 ここに来なければよかったと思った。今のエマの話が本当だったら、きっとお兄ちゃんなら私の力になってくれると思う。でも、エマには申し訳ないけど、今の状況では嫌だった。お兄ちゃんとの関係は仕事とは切り離していたかった。

 アポを取っていたから受付で案内されたのは35階にある応接室だった。エマは堂々としているけど私は緊張の塊で手と足が一緒に出てしまいそうだった。エレベーターの中でも緊張してしまう。

「緊張してきたわ」
「そう?私はワクワクしてるわ」

 私の緊張が極度に高まった時にエレベーターが35階に着いてしまった。ここまで来たからには後戻りはできないとそんな思いで一歩足を踏み出してすぐに、その気合いは薄れてしまう。

 そのくらい床に張られた絨毯がフカフカだったのだ。
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