君をひたすら傷つけて
「さあ、勝負」

 そんな呟きを零しながら、エマはノックしようとした。でも、そのドアはノックを待たずして開いてしまった。受付の人が連絡していたにしてもタイミングが良過ぎる気がする。さすがのエマもこのタイミングの良さには驚いたようで顔を一瞬強張らせた。

 それは一瞬で緩む。緩むというよりは緩ませられる。扉が開いた瞬間、私の目に飛び込んできたのは想像もしてなかった人で…私は視線を囚われていた。

 穏やかな微笑みを浮かべている端正な顔は私を見つめていて、フッと目を細める。そこにいるだけで空気を変えてしまうくらいのオーラを感じさせる人。すらりとした体躯は現役のモデルと言っても過言ではないくらいに均整のとれた身体をしている。それだけでなく、誰もを魅了してしまうような綺麗な顔は溜め息を零してしまいそうになる。

 俳優、篠崎海。

 お兄ちゃんが大事にしている人で元モデルで今は人気実力派俳優。そんな篠崎さんは私が誰か分かったのかニッコリと微笑んだ。

「雅さん。こんにちは。高取に用事かな?」

 俳優篠崎海がこんな風に声を掛けてくるとは思わなかった。たった一度しか会ってないし、それも短時間だけだったから、顔も覚えられてないと思ったのに、彼は私のことを覚えているようだった。真横にいるエマは黙ってその様子を見つめていた。

「今日は新しく事務所を開いたのでご挨拶に来ました」

「事務所って?」

「こちらにいるエマがスタイリストで今回日本で会社設立しました。私はそこのスタッフとして働いています」

「そうなんだ。高取に会いに来たのかと思ったけど違うんだね」
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