君をひたすら傷つけて
 篠崎さんの芸名が本名から『斗』を取っただけとは思わなかった。今や日本を代表する若手実力派俳優と言われる篠崎海がすぐにやめるつもりだったとは知らなかった。そんな話をしているとワインの入った大きな銀色のワインクーラーに入って来たワゴンが運ばれて来た。

「シャトーローザンセグラでございます。」

 店の人がワインを栓を抜いて、ゆっくりと全員のグラスにワインを注いだ。そのグラスを持って篠崎さんはニッコリと笑った。

「高取。先に乾杯しよう」

「そうだな。では、明日からの撮影が順調に行きますように。カンパーイ」

 乾杯と軽くグラスを上にあげてから、グラスに口をつけると芳醇なふくらみのある味が口の中に広がった。少し口当たりがいい。

「俺が誘ったんだよ」

「いや。強引に連れて行ったくせに。大学の学費を稼ぐためにバイトをしていたら、もっといいバイトがあると同じ大学の聖に無理やり撮影に連れて行かれて、それで芸能界入りした。で、モデルをしていて、俳優に転向する時に高取がマネージャーになったんだよ。それなのに、俺を引き込んだ癖に聖は自分一人で勝手にモデルも事務所も辞めて、単身で渡米してカメラマン助手になった」

 お兄ちゃんにとって篠崎さんはとても大事な存在。最大限の力と包容力で篠崎さんのために働いている。

「単身に渡米して、先生の所へ日参して、荷物持ちから助手になったから凄いわ。でも、その本当のところは有言実行だけど、肝心なところで自分の気持ちに素直に慣れない世界一馬鹿な男よ」
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