君をひたすら傷つけて
 ホテルでゆっくりと休んだ次の日、私はお兄ちゃんに連れられて現場に入り、スタッフに紹介されることになった。監督は気難しいというか、拘りが強いという噂通りの雰囲気を漂わせていた。ジャケットにシャツ、そして、柔らかそうな生地で作られたボトムを身に着けた監督は篠崎さんと一緒に難しい表情を浮かべている。手は台本があり、開かれたページにはいくつもの書き込みがされてあるのが見える。

 台本を見ながら、真剣な表情で話しているので、挨拶するために声を掛けるのさえ躊躇われるほどだった。コレクションの場面とも、雑誌の撮影とも違う緊迫した雰囲気に飲まれそうだった。

「そんなに緊張しないで大丈夫。俺も海もいるから」

「緊張するに決まってる。だって、榎木監督だよ。私、監督の作品を何度も見たし、感動したし……。新作の映画のスタッフの一人として参加出来るなんて嬉しい。でも、怖い」

 榎木監督は綺麗な自然に彩られた中で人間の心理を奥深く晒してしまうような映像を撮影することで有名で、その作品は今までも何度も国内外の賞を受賞している。使う俳優もいぶし銀のような画面にいるだけで存在感を表す俳優を多く起用していた。

 そんな榎木監督がモデル出身の俳優を主演とした映画を撮るということで撮影前から注目されている。普通、モデル上がりの俳優の主演映画を撮るような監督ではないのだ。

「雅はいつもの仕事をすれば大丈夫。さ、そろそろ、挨拶に行こうか」

 榎木監督と篠崎さんの話の切れ目で、少しの隙を見計らうようにお兄ちゃんはスッと近づいて行った。榎木監督はお兄ちゃんの姿を見ると、フッと表情を緩めた。
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