君をひたすら傷つけて
 監督は低い声だけど、その声に呼応するかのようにスタッフが蜘蛛の子を散らすように動き出した。私の仕事は篠崎海のスタイリスト。まだ、衣装などの点検もしてないのに、撮影に入るとなって、一気に慌ててしまう。

「大丈夫だよ。雅さん。このシーンはただベンチで座るだけだから、衣装はこのまま」

「はい」

 私はベンチに座った篠崎さんの着ているシャツの襟を指で動かし、顔映りのいいように動かす。綺麗な顔立ちなのだから、右でも左でもいいけど、それでも、撮影の意図を見極めながら篠崎さんの準備をする。

 白いシャツに黒のボトム。手には携帯を持っている。

 これがこのシーンのスタートだった。篠崎さんがベンチに座るだけのシーンに何回もフィルムが回る。

「シャツの影が凡庸。もう少し襟を立たせて、身頃は皺が無いように伸ばして。髪はもう少し後ろに流して。愁いを表現しろ。座っているだけで涙を流すような」

 無茶な注文だと思った。

 白シャツの身頃に出来る陰影で愁いを表現などしたことない。俳優の表情でなく、皺で表現を求められた。それでも、何もしないわけではない。

 襟を動かしたり、身頃の皺を伸ばしたり、付けたりしていると、また、低い声が響いた。

「それ、そこでストップ。カメラ、八秒定点、それから海ズーム。寄り過ぎるな。……。違う。最初から…。海、動くな。息も止めろ。瞬きもするな……。カット」

「照明。光が強すぎる。ズームと同時に少し加減しろ。太陽の光があるのを忘れるな。もう少し抑えろ。そう、じゃ、もう一度……」
< 728 / 1,105 >

この作品をシェア

pagetop