君をひたすら傷つけて
 結局、篠崎さんは監督とスタッフに挨拶をしてから一人で東京に戻ることになった。後の片付け等はお兄ちゃんと私がすればいいし、それに篠崎さんの里桜さんの元に早く帰りたい気持ちも分かっていた。それは里桜ちゃんの元カレの結婚式が来週末に迫っているからだった。

 半ば強引に自分のマンションに里桜ちゃんを住ませているけど、まだ揺れ続けている里桜ちゃんを篠崎さんは支えたいのだろう。

『三年も付き合った彼を友達に取られた女』に里桜ちゃんをしないため、結婚式に乗り込む。そんな無茶なことをしようとしている。何をしているんだと普通なら止める。でも、篠崎さんと一緒にいることできっと里桜ちゃんは誰よりも幸せで羨ましいと思われる女の子になる。

 篠崎さんと並ぶ里桜ちゃんは初々しさと同時に、二人で紡ぐ『何か』が無ければいけない。嘘を本当にするくらいの二人の雰囲気は温かいものでないといけない。

 そして、偽装ではなく、二人が本物の恋人のように振る舞えるには時間も必要だった。篠崎さんと里桜ちゃんとの時間はたった一日だったから、絆を深めたい気持ちは分かる。

「海は少しだけゆっくりとして、またいい仕事をしてくれたらいい。監督もスタッフも深くは聞かずに気持ちよくいかせてくれた。普通なら色々聞かれると思ったけど、海の人徳だな」

 お兄ちゃんは篠崎さんの名前で美味しい料理を注文し、監督その他のスタッフに打ち上げの際に振る舞った。『篠崎海の差入れ』は最終日に、そして、一段と豪華に振る舞われたのは、篠崎さんを思うお兄ちゃんの気持ちだと思った。

 そして、私とお兄ちゃんは篠崎さんに送れること二日。東京に戻ったのだった。
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