君をひたすら傷つけて
 マンションに戻るとまだお兄ちゃんは帰ってなかった。あの後もまだ仕事をしているのかと思うと、身体だけは壊さないで欲しいと思う。篠崎さんが週末にオフを取るなら、お兄ちゃんも少しは休んで欲しい。いくらお兄ちゃんが仕事が出来るとはいえ、働き過ぎだと思う。

「まだ、帰って来ないのかな?」

 私は簡単な食事を取ると、お風呂に入って、リビングのソファでブラケットに包まり、どうでもいいバラエティ番組を見ていた。わざとらしい笑いがリビングに響くけど、私は全然面白いとは思わなかった。

「雅……」

 微かに呼ばれたような気がした。でも……。私も疲れていたのか、身体が動かない。篠崎さんの記者会見からずっと気を張っていた気がする。

「雅……」

 優しい声だった。優しすぎて辛かった。

「雅……。」

 瞼の裏の微笑みは静かに濡れていく。年を取らない綺麗な姿の彼は……私を見つめ笑っている。里桜ちゃんの幸せそうな顔が、まりえの幸せそうな顔が……。幸せを望んでいる気持ちに嘘はない。でも、胸の奥がどこか傷んだのかもしれない。

 義哉を失い、アルベールの元を去った私は……。もう、誰も愛せない。


 朝、起きると私は自分のベッドに寝ていた。

 リビングに行くと、そこには誰も居なかったけど、片付けた覚えのないテーブルの上が綺麗になっていた。夜中のうちにお兄ちゃんが帰ってきて、私をベッドまで運び、テーブルの上も片付けてくれたのだろう。

 そして、テーブルには一枚のメモが置いてあった。

『今日も遅くなる。でも、イタリアの映画祭の話もしないといけないから、出来るだけ早く仕事を終わらせて帰ってくる』
< 771 / 1,105 >

この作品をシェア

pagetop