君をひたすら傷つけて
 お兄ちゃんの運転で篠崎さんのマンションに向かっている間、車の中はとても静かで、篠崎さんは話さず、窓の外を見ていた。でも、手は里桜ちゃんの手をしっかりと握っている。

「海斗さんにお願いがあるのですが」

「ん?」

「さっきの写真貰えないですか?私、一枚も海斗さんの写真を持ってないんです」

 里桜ちゃんの声に篠崎さんは窓から里桜ちゃんの方に視線を移し、ふわっと微笑んで、その微笑みを固めた。里桜ちゃんの爆弾に落ち着こうと努力していた篠崎さんが固まった。若手実力派俳優も妻の前では思い通りの演技をさせて貰えない。

「この写真でなくてもいいだろ。神崎が今日、たくさん写真を撮っているから、その中の一枚でも」

 確かに、今日たくさんの写真を撮った。里桜ちゃんだけでなく、篠崎さんと一緒にも何枚も何枚も撮った。でも、きっと、里桜ちゃんが欲しいのは俳優ではない篠崎さんの写真だと思った。

「里桜ちゃん。篠崎くんは恥ずかしがっているだけだから、俳優だから素の表情を撮られるのが苦手なの。だから、気にしないでいいわよ。それと、今日の撮影が遅れなかったら、自分で迎えに行きたかっただけだと思うわよ」

「雅さん。喋りすぎ」

「ごめんなさい。本当のことを言って」

「雅さんには敵わないよ」

「さ、着きましたよ。明日の予定は朝からいくつも入ってます。詳しい内容は後からメールを送るので確認してください。それと、明日の迎えは午前10時です。それではおやすみなさい」

「ああ。おやすみ。高取も雅さんも遅くまでありがとうございました」

「おやすみなさい」

 篠崎さんのマンションまで送り届けると、お兄ちゃんと篠崎さんは明日の予定の打ち合わせをしてから、別れた。二人がエントランスを潜っていくのを見ながらお兄ちゃんはフッと息を吐いた。

「疲れたろ」

< 807 / 1,105 >

この作品をシェア

pagetop