君をひたすら傷つけて
 橘さんは叶くんの頭をポンポンと撫でると立ち上がって歩き出した。親子の心温まる様子を見ながら、横顔がとても似ていると思った。さっき、言っていた『遺伝子』という言葉が不意に頭に浮かぶと消そうと思っても消せなかった。

「雅。そろそろ里桜さんの手伝いをお願いしていいか?」

「うん」

 私は立ち上がると床が少しフワフワしているのを感じた。リズと話しながら少し飲み過ぎたのかもしれない。さっきまでは何ともなかったのに、真っすぐ歩きながらも自分の足元が覚束ないのを感じていた。

「大丈夫か?」

「うん。大丈夫」

 控室の方に行くと、里桜ちゃんはが来たことに気づいて、控室の方に向かって歩いてきた。篠崎さんはお兄ちゃんと今から打ち合わせをするのだろう。

「あんまり待たせては可哀想だから、急ぎましょう。まずはドレスを脱いでワンピースに着替えましょ」

 私は里桜ちゃんの後ろに回ると、ファスナーを下げ、ビスチェのホックも緩めた。そして、淡いピンクのワンピースを取り出すと里桜ちゃんに渡した。

「これは里桜ちゃんのお母さんが選んだの。ローマで一緒に買い物をしている時に。さすが里桜ちゃんによく似合うわ」

「明日の朝、お母さんにお礼言います」

「そうね。その姿を見せると喜ばれると思うわ。でも、それは外さないでね」

 雅さんが言ったのは、リズさんがくれたガーターベルトのことだった。

「篠崎くんに外して貰いなさい」

「え?」

「そういうものだから」

「恥ずかしいです」

「夫婦だからいいと思うわ」

 真っ赤になっている里桜ちゃんを可愛いと思った。
< 896 / 1,105 >

この作品をシェア

pagetop