君をひたすら傷つけて
 行きと同じように里桜ちゃんのご両親と一緒に並んで座り、ローマから日本へ向かう。そして、窓から見える景色を胸に刻むと、私は昨日からの疲れを感じていた。

 昨日のことは忘れた方がいいのだろう。でも、肩に強く抱きしめられた感触が残っていて、自分ではどうしようもない気持ちに包まれていた。運悪く、予定を変更して、篠崎さんと里桜ちゃんの為にお兄ちゃんはローマに残ったけど、それでよかったのかもしれない。

 一緒に日本に戻ったら、私はどう接していいのか分からない。

 たった一日だけど、私は猶予を貰った気がした。日本に帰って、これからのことを考えるには離れたこの時間が自分を冷静にさせてくれるだろう。

 強行軍だったイタリア旅行で疲れていた里桜ちゃんのご両親も叶くんも眠ってしまっていて、その中で橘さんだけが起きていた。叶くんを挟んで座っている私の方を見て、ニッコリと微笑んだ。もう、モデルは引退しているのに、映像作家にしておくには勿体ないほどのカリスマ性を感じさせた。

 篠崎さんとはまた違う魅力がある。

「雅さんは寝ないの?」

「眠たいけど、なんか目が冴えてしまって」

「ワインでも飲みながら少し話しますか?」

「はい」

 キャビンアテンダントにワインを頼むと私と橘さんの分を運んできてくれた。ビジネスクラスではこういうサービスが行き届いている。同時に里桜ちゃんのご両親と叶くん用のブラケットも持ってきてもらうようにお願いした。

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