君をひたすら傷つけて
「こんな風に二人で話すのは初めてですね」

「はい」

 ニューヨークの撮影で一緒に仕事をしたことがあるけど、こんな風に個人的に話すのは初めてだった。篠崎さんのスタイリストとしてニューヨークでの撮影に同行し、しばらくは橘さんの拘りに振り回されたのもいい経験だったと思う。

 実際にあの時に撮った映像は素晴らしく出来がいいものだった。

「先ほどは叶のことをありがとうございました。フィレンツェの街は久しぶりだったので、つい写真を撮りたくなってしまって」

「いえ。私の方こそ、一人で観光も味気ないので叶くんが居てくれてよかったです。私もイタリアには何度か仕事で来たことはありましたが、あんな風に歩いたのは初めてでした。叶くんが素直に喜んでくれるので嬉しかったです。でも、叶くんは大人びてますね」

「高取さんに何か聞いてますか?」

「少しは……。少し前まで叶くんの存在を知らなかったとは聞いてます」

 橘さんは横に寝ている叶くんの髪を撫で、愛おしいという表情を浮かべた。

「その通りです。妻は高校生の時に付き合っていた年上の女性です。実は付き合っている時に、理由が分からないまま、いきなり振られまして、ずっと捨てられたと思ってました。しかし、妻は叶を一人で産んで育ててました。
 ずっと黙って育てていくつもりだったらしいですが、、数年前、私の所に妻の友達がニューヨークまで来て、叶の存在を教えてくれました。それからすぐに帰国し、妻の元に何度も通って、やっとの思いで、叶の父親と認めてくれました」

「奥さん。凄いですね」



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