君をひたすら傷つけて
「雅さんが知っているかどうか知りませんが、当時の私は高校生ながらにモデルとしての地位もあり、収入もありました。妻が望めば結婚もしたし、出産も出来たと思います。でも、それは机上の空論です。今なら高校を卒業するかしないかの男がモデルのような安定しない職業で、妻子を養うなんて出来るとは言えない。あの頃の自分は思いあがっていたのだと思います」

「橘さんがモデルで有名だったことは知ってます。収入もあったでしょうから、そう思っても仕方ないとは思いますが」

「でも、妻は消えました。だから、その辛さを打ち消すように仕事に励み、今があるのですが」

 そういってふふっと笑う。橘さんは穏やかな表情で私を見つめる。あの仕事の時の鋭さがどこに行ったかと思うくらいに穏やかだった。

「でも、モデルの仕事を捨ててまでニューヨークに行くなんて凄いですね」

「有名な映像作家がニューヨークに居て、その人に習いたくてアポなしで行きました。それで何度も通っているうちにアシスタントにして貰ったのです、それからこの頃、やっと映像を撮ることが出来るようになりました」

 順風満帆の人生かと思っていたけど、橘さんも苦労はしていた。成功の陰には努力があった。

「過ぎた時間は戻らないけど、今は、家族の時間を大事にしたいと思っています」

「なぜそんな話を私に?」

「海斗と里桜さんの幸せそうな姿を見ていて、つい自分のことを聞いてもらいたかったのかもしれません」
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