君をひたすら傷つけて
 スタジオの隅で座っていると、お兄ちゃんがやってきた。心配させたくなかったのに、心配を掛けてしまった。

「大丈夫か?もう少ししたら撮影が終わるから、終わったらマンションまで送るよ。何か飲むなら持ってこようか?マンションより病院がいいか?それなら今から診療してくれるところを探そうか」

 お兄ちゃんは義哉のことがあるから、体調が悪くなることに敏感に反応する。何かあったらと、軽い風邪でも病院に連れて行こうとするところがあった。忙しいスケジュールだから、身体の疲れが出ただけだと思う。熱も高熱ではないし、身体もさっきよりも楽になっている。

 エマがきてくれたから、気分的に楽になったのかもしれない。

「大丈夫。ちょっとだけ疲れが出たのかも。でも、まりえが来てくれるから一緒に帰るわ。篠崎さんのスケジュールが詰まっているのは分かっているから、私のことは気にしないで」

「心配するに決まっているだろ。この頃、寝れてないのか?」

「何で?」

「顔色が悪すぎる。今日はマンションに帰れると思うから」

「わかった」

 イタリアから帰国して、殆どお兄ちゃんと一緒の時間を過ごしていなかった。審査員特別賞を受賞した篠崎さんの仕事が増えすぎてマンションに帰ってくるのは着替えを取りにくるくらいになっている。

 それでも、毎日、私の携帯に仕事で帰れない時はどこに泊まるかと連絡がくる。私は帰ってこないことに寂しさを覚え、そして、ホッとする。イタリアの夜も、日本に帰国した日のこともなかったことにしてしまった私はどんな顔をすればいいのか悩む。

 お兄ちゃんはイタリアに行く前と全く変わらないから、尚更、困る。


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