君をひたすら傷つけて
 まりえのマンションに本格的に落ち着いて、三週間が過ぎていた。私の体調は徐々に良くなり、篠崎さん以外のスタイリストとしての仕事を始めている。

 篠崎さんの専属スタイリストとしての仕事の件は、今はエマがしている。本来なら契約を打ち切られても仕方ないけど、篠崎さんはそんなことはせずに、『雅さんと一緒に仕事できるようになるまで待つ』ということだった。

 もう戻れないかもしれないと何度もエマは言ったらしいけど、それでも篠崎さんは『それでも待ちます』と言ってくれた。そして、仕事に来たエマにたまに私の様子を聞くという。『少しずつ元気になってます』とだけ言うと、いつも綺麗な微笑みを浮かべるという。篠崎さんはたまに私の様子を聞いてくるけど、お兄ちゃんはエマに何も聞かないという。

『またパリで一緒に仕事をしてもいいのよ』

 リズは日本に拘らず、どこでも仕事が出来ると言っているし、エマも今は無茶なことは言わず、私が自分の気持ちを決めるまで待つと言ってくれている。そして、まりえには毎日のように世話を焼かれている。

 リズとマリエと一緒にいるとあの楽しかったパリでの生活を思いだす。仕事だけを考え、前だけを見ていた日々は私の人生の中でも輝いている時間だった。

 前よりも随分軽くなってしまった仕事を終わらせて、まりえのマンションに戻ると、部屋の隅に置いてある紙袋が目に入る。あの日、里桜ちゃんと一緒に買ったシャツだった。

 シャツは渡すことも出来ずにまだ私の荷物の片隅にある。お兄ちゃんのマンションに送ろうかと思ったけど、私が離れて考えるように、お兄ちゃんも色々と考えていると思う。そんな中にシャツなどが送られてくるとそれはそれで意味がないと思った。
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