あなたと恋の始め方①
『え?』

 
『折戸さんと食事が終わったら迎えに行く。マンションまでは俺が送る』


 耳元で聞こえる優しく、そして強い言葉に私は胸がさっきとは違う跳ね方をする。目を閉じると、目の前に居ないのに、私の目の前にいて、優しい微笑みに包まれているような気がする。それだけで十分だと思った。その小林さんの言葉だけで十分だと思った。


 きっと、折戸さんとの食事は時間が掛かる。今日はまだ水曜日。明日も勿論仕事だから、小林さんの仕事に差し障りがある。研究所にあれだけ発破を掛けたのだから、支社にもそれ相応の発破が掛かっているはず。本社営業一課に居た小林さんは私が想像するのも怖いくらいの数字を課せられるだろう。


『何時になるかわからないです。折戸さんの話をしながら食事をするなら時間も掛かると思います。明日も仕事ですから自分で帰れます。遅くなったらタクシーで帰りますから』


『真夜中でも全然いいから、必ず電話して』


『メールでいいですか?』

『必ず電話』


 もしもメールなら小林さんが寝ていても迷惑を掛けなくていいと思ったからだった。でも、小林さんは私のことをよく知っている。遅くなったら申し訳ないと思ってしまい、メールだけで済まそうと思う私の気持ちを縛り付ける。


 だから…。電話。
 メールじゃなくて電話。


 そんな真っ直ぐな小林さんの気持ちに応えるかのように、私は頷いてしまう。ここには居ないのに、いるかのように。

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