あなたと恋の始め方①
「今の電話。支社の小林だろ。近くで待ってるのか?」


「お互いに残業なので、時間が合えば会おうということになってました」


「だろうな。聞こうとして聞いたわけじゃないが聞こえてた。で、なんで?」


 中垣先輩の質問の意味が分からなかった。


「何がでしょう?」


「帰らないのか?」


「まだ、仕事終わってないです。もう少しだけ」


 中垣先輩はスッと立ち上がると、私の机の所に来て、持っていたデータを取り上げ、視線を流す。そして、私の方を見つめる瞳は厳しく。優しさの欠片もない。大学の時から一緒にいるけど、こういう時の中垣先輩は自分の意思を絶対に曲げないし、揺らぎもしない。そして、私の頭の方から降り注ぐ言葉は身も蓋もないようなことだった。


「まさか、これが今日終わると思っているのか?」


 さすがに今日明日で終わる量じゃない。それにすでに11時を過ぎている。どう考えても終わらない。でも、手に持っている分だけでもパソコンに打ち込んでしまいたい。それが出来れば、明日の朝からはスムーズに仕事に入れる。だから、そこまではして行こうと思った。


「終わらないと思いますが、春までの時間がないので少しでもと思いました」


「仕事に真面目な坂上らしい。でも、今日は帰れ。俺も今日は久しぶりにマンションに帰りたい。それなのにお前が居たら帰れない」


 仕事の流れというものはお互いにあり、私も中垣先輩にもそれなりにある。先に帰りたいなら帰ればいいのにと思うが、中垣先輩はこの研究室の責任者。それには従わないといけない。
 
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