あなたと恋の始め方①
 小林さんの腕に抱きついたまま、私はゆっくりと時間を過ごす。いつもとは違うと小林さんは感じているはずなのに、何も言わなかった。私が望めば逞しい腕で抱き寄せ、私が望めば、優しいキスをしてくれる。そんな甘い時間をカーテンの外が真っ暗になるまで私は小林さんの腕の中で過ごしたのだった。


「今日は送らないけどいい?」


「タクシーで自分で帰れます」


「言葉が違った。今日は帰さないけどいい?」


 好きだと思う気持ちは純粋であればあるほど、逆に返せば独占欲に包まれるというのを私は知った。今は小林さんの傍に居たい。小林さんの一番になりたい。そして、誰にも渡したくない。これが恋のもう一つの一面なのだと私は心で知った。


「はい」


 小林さんはしばらく私を抱きしめた後にミルクたっぷりのコーヒーを入れてくれた。マグカップに入ったそれを私に持たせた。そして、少しだけ離れた所に座ると、自分はブラックコーヒーに口を付ける。モノトーンの家具で統一された部屋に所々に刺し色として深いブルーが印象的で私は黒い皮革のソファにすわり背中にはブルーのクッションが置いてある。その柔らかい感触に身体が包まれる。


 この部屋に来たのは引っ越しの手伝いだった。あの時は片付けることに必死で部屋を見回すことはなかったが、今は少しの距離が私を少しだけ緊張させる。小林さんはコーヒーの入ったマグカップに口を付けながら何も話さない。沈黙が折り重なっていくようだった。チラッと小林さんの方を見ると、視線が絡んで、何を言っていいか分からずに視線を逸らしてしまう。


「美羽ちゃん」


 しばらくの沈黙を破ったのは小林さんの優しい声で、小さな息を吐いてから私の名前を呼んだ。
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