あなたと恋の始め方①
「折戸の言うとおりだな。出来てないものは売れない。中垣さん。春に照準という形でいいですか?」


「わかりました。善処します」


 ここまで言われて嫌とは言えないだろう。中垣先輩の性格も加味した上でのやり取り。申し訳ないが、研究室にいる中垣先輩と営業で動いているこの二人ではスキルが違いすぎる。営業で培った交渉術はこんな場所でも発揮している。高見主任の厳しさの中にある優しさと、折戸さんの優しさの中にある現実の厳しさを教える言葉に私も頑張らないといけないと思った。


 二人が帰ったら、私も研究室に籠ろう。頑張って春までに製品化しないといけない。残業を覚悟した瞬間だった。


「ありがとうございます。では、そのように取締役にも連絡しておきます。それと、そろそろ昼なので坂上さんを食事に誘いたいと思いますが、いいですか?」



 いきなりの高見主任の言葉に驚く私が中垣先輩の顔を見ると既に頭の中は新製品の製品化に向かって走り出している。そんな中垣先輩が私がどうしようとどうでもいいことで…。


「どうぞ。お好きなように。」


 お好きなようにって。私の意思は無視された。まだ、もう少しパソコンで資料を作りたかったのに、それは後回しにしないといけないらしい。


 時間は11時45分。


 確かにもう少しで昼休みだ。でも、この勢いでこの二人と一緒に行きたくないと思ってしまうのは間違いだろうか?でも、拒否権なんか私にはない。


「ではお借りします。それではまた。今日はありがとうございました」


「こちらこそ静岡までありがとうございました」


 それだけ言うと中垣先輩は奥の研究室に入って行ってしまった。一人研究室に残された私は目の前にいる二人を見つめるしかなくて…。


「美味しいものをご馳走するよ」


 高見主任の微笑みに頷くしかなかった。


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