はるのリベンジ
劣勢だったものが一変した。
7月20日。
将軍家茂公が大坂で病死された。
その知らせが、来ると幕府軍が解散となり、他の藩も、自国へ退去してしまった。小倉城のみ・・・。
東行「さて・・・。どうするか・・・。よし!精神的に追い詰めるぞ。城から見える所に、篝火を焚け!今にも攻め込む気配を見せておく。そして・・・。向かってくる奴らだけ、蹴散らせば終いだ。」
先生の作戦通り、8月1日。小倉城は、自ら城に火を放ち、退去した。