それは、一度終わった恋[完]


一之瀬さんが井上さんを怒るのも違う。
一之瀬さんが私に謝ることも違う。

好きなのにサヨナラを伝えることは辛かった。だから自然消滅を選んだ。

どうすればよかった?
私はどうすれば、正しかったの?

今はもう恋人のいるあなたにこんなどうしようもない思いを今更伝えて、一体何がどうなるというの?

「すみません、言えません……」

私は震えた声でそう呟き、マンションとは逆方向の公園を目指して走った。

「澄美、待て!」

細い道にびっしりと落ちた街路樹の落ち葉を蹴散らして、私は走った。
秋の夜風が頬を撫でる。自分の吐息が白くなるのが微かに見える。月は煌々と輝き、紅葉した木々を照らし出している。

秋の匂いがするあなたを、振り切りたくて必死に走った。

なんで一之瀬さんが私を追いかけてくるのかわからなくて、私は走りながら問いかけた。

「なんで追いかけてくるんですかっ」

「いつもお前が言い逃げするからだろっ」

「もうこんな昔の恋の話、過ぎたことなんだし今更蒸し返さなくてもいいじゃないですかっ」

「もうお前の中ではただの過去なのかよっ、すべてがっ」

「そうですよっ、未練なんてもう1ミリたりとも無いですし、一之瀬さんのことなんて忘れてましたっ、全部過去のことですっ!」

――思ってもないことばかり口をついて出る。なんで私は、こんなにも素直じゃないんだろう。

白い息が秋の夜空に溶け込んでいく。切なくて切なくて喉をかきむしりたくなる。

「だからどうかっ、彼女さんとお幸せにっ!」

そう叫ぶと、後ろから落ち葉が飛んできた。

思わず立ち止まって振り返ると、今度は顔に落ち葉が当たった。

「なっ、なにするんですか」

「別れたよ、彼女とは」

冷たい風が吹いて、はらはらと目の前を落ち葉が飛び交う。
< 29 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop