小さなキミと
ま、まずい。こんな顔じゃ電車乗れない。

取りあえず、手持ちの乾いたタオルでごしごし拭いてみるけど、効果はなし。


タオルを湿らせれば、少しはマシになるかもしれない。

辺りを見回すけれど、ここはただの広い駐車場だ。近くには薄汚いビルと自販機があるだけ。


車通りは全くと言っていいほどない。


苦肉の策、水筒のお茶もこんなときに限って空っぽだった。


「えぇーっと、まいったどうしよう。服部なんとかしてよ」


服部に助けを求めるものの、ヤツはくくっと笑いを堪えるばかりで、なんの役にも立ちそうにない。


「お前、化粧は向かないな」


服部はヒョイとしゃがんで、あたしの顔をまじまじと眺め始める。


慌てて顔を背けるが、服部はニヤリと笑みを浮かべて、あたしの正面に回り込んで来た。


「やめろっ、あっち行けバーカッ」


あたしの物言いに、服部はケラケラ笑い声をあげた。


「キミ、バカ以外に言葉知らないの?」


「うるっさいッ……あ、あほッ」


服部はブハッと噴き出した。


「もー、服部ムカつく。これから奏ちゃんって呼んでやる」


ふてくされたあたしに対し、服部が思い出したように「あ、それな」と笑いながら言った。


「奏ちゃんってなんなの? ゲーセンでいきなり呼ばれてビビったわ」


「その方がお姉ちゃんっぽいかなと思ったのっ。ってか誰がビビったって? ホッとしたって言ったじゃんっ」


ムキになって言い返したあたしに、服部は「あれは言葉の綾(あや)っスわ」と生意気な口調で返す。


こうなると、もうお互い後には引けない。

いつもの口喧嘩は、大体こうして始まるのだ。


ちょっとしたハプニングはあったけれど、すっかりいつもの調子に戻ったあたしたち。


この出来事の結末は、というと。

散々言い合いをした挙句、スマホのナビアプリを駆使して駅まで戻り、

女子トイレで顔を洗い流す、という呆気ないものだった。

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