琥珀の記憶 雨の痛み
「言わなきゃ良かったな」

「え?」

またゆっくりと歩きはじめる、尚吾くんのペースに合わせて私も進んだ。


天気は雨、ではなく、霧。
縦横無尽に漂う小さな水の粒は避けようがなく、傘は差さずにたたんで手に持ったまま。
目に見えないほどの小さな粒子だけれど、しっとりと重くなってきている服には確実に纏わりついて来ている。


「莉緒があそこでちょっとでも過ごしやすくなるならと思って……。でもやっぱあの時、アイツのフォローなんかするんじゃなかった」


彼が笑っているのに楽しそうではない、のは。


「それ……どういう……」


後悔まじりの自嘲、なのだと、さすがに――鈍い私でも、気付いてしまう。


「もっとはっきり、言った方がいい?」

「――ッ」


返事の出来ない私を、彼は少し哀しそうな目で見つめて、口元だけで笑った。


頷いたら、もしかしたらこの人は、私が聞きたい言葉を言ってくれるんじゃないか、とか。
でもその言葉を、私は本当に聞いて良いんだろうか、とか。

ぐちゃぐちゃと頭の中に、いろんな思いが目まぐるしく飛び交った。


もしもこれが私の思い過ごしなんかじゃなくて、彼がそれを、はっきり口に出してしまったら。
私は素直に喜べるのか、それとも――、困るのか。


すぐに答えが出せない私のことを、彼はまるで見透かしているみたいだった。

質問を繰り返されることも、答えを急かされることもなく。
問いかけ自体が初めから無かったみたいに、張りつめた空気は緩んで行った。
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