琥珀の記憶 雨の痛み
彼を、避けて――、遠ざけて。
これ以上距離が縮まらないように、しなきゃいけないのに。
彼の小さな質問を、どこまでイエスと認めて良いのだろう。


「みんなの前だと、呼びづらいんだ?」


どこまで……?
迷いながら、戸惑いながらの私のイエスに、彼は少し満足したみたいにひとつ頷き返した。


「なんでなのかなー。恥ずかしいから?」


恥ずかしい? それは、一番の理由ではない。
でも、確かにちょっとはある。
だってみんな、彼のことは『タケ』と呼ぶんだから。

一度首を傾げて考えてから、また頷いた。


「ふうん……照れてんだ。可愛い」

「ちょ……っ!」

「あ、喋った。駄目だってば」


くすぐるようなことを言ってきて、私に声を出させたのはきっとわざとだ。
しぃーっと顔の前に人差し指を立てる彼は楽しそうに笑っていた。

直視出来ずにまた下を向くと、それを待っていたかのように次の質問を被せられた。


「俺のこと尚吾なんて呼ぶヤツ、他にいないもんね。莉緒だけ特別――みたいに、思われたくない相手が、あの中にいる?」


どくん、と。
血液が逆流した、みたいな衝撃があった。

首は、縦にも横にも振れずに。
ついでに足まで止まった私を振り返って、彼は困ったように、どこか辛そうに笑った。
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