琥珀の記憶 雨の痛み
母が突然『お父さん』などと言い出したのは、父に関わる何かが起こったからだというのは明白だった。
その話を聞く、心の準備がなかなか整わない。

だからわざと時間を稼ぐみたいにのろのろと、髪もしっかりと乾かしてからリビングに入ったのに。


「ゆっくりだったじゃない、冷めちゃうわよ」

既にテーブルに夕食が並べて用意してあって、驚いた。

母とは食事の時間が合わないことも多い。
そういう時はいつも、自分で温め直して運ぶのに。


「ごめんね、今日お惣菜なんだけど」


フルタイムの仕事を持っている母にとって、忙しくて帰りが遅くなったりした時に出来合いのお惣菜や冷凍食を出すのは、そんなに珍しい事ではない。
私も慣れているし分かってるし、いちいち謝ったりされることなどないのに。


「別にいいよ。あー春巻きだ、私これ好き」

出された春巻きは、駅と反対方向に5分ほど歩いたところにある、年輩のご夫婦でやっている小さなお惣菜屋さんのだった。
他ではなかなかお目にかかれないジャンボサイズなので一目で分かる。


「そう? 良かった。今揚げたばっかりだから」


その言葉に、また「え?」と思った。
あのお店では確かに、揚げる前の状態でも売ってくれる。
家で揚げたてを食べれるようにとの配慮だ、けど……。


「うちで揚げたの? 珍しいね」

母は、滅多なことでは揚げ物をしないのに。

言われてみれば確かに、お皿の上のジャンボ春巻きは見るからに皮がパリパリで。
揚がっている状態で買ってきて、レンジで温め直した見慣れた感じよりも、さらに美味しそうには見えた。


「だって……温め直すより、揚げたてが美味しいでしょ」


うん、それはそうだ。
確かにそうなんだろう、けど……。
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