琥珀の記憶 雨の痛み
電話の内容を問うた私に、母は少しだけ言い淀んだ。

少し視線を逸らして、宙をくるりと彷徨わせて、手元をじっと見つめて、漸くもう一度私の目を見て、また逸らして。

それからやっと重い口を開いた。


「奥さんしかいない時間を狙ってかけてきて、女の声で――……『あの人を返して』って、それだけ言って切るそうよ」


「……は?」

絞り出せたのは、そのたった一言。

それからふつふつと怒りが湧いてくる、よりも早く、私はあまりの馬鹿馬鹿しさに呆れて思わず吹き出した。

込み上げた笑いがおさまると、思いのままに一気に捲し立てる。


「え、まさか、『莉緒じゃないか』って、お父さんが自分でそう聞いてきたわけ!? 私なわけないじゃん、何で今頃になって……ていうか、どんだけ自惚れてるの。神経疑うわー。え、お父さんってもしかして頭悪いヒトだった? どんな思考回路してたらそういう結論に辿り着けるんだろう、意味分かんないんだけどっ」


私の言葉を選ばない毒舌を、今日ばかりは母も、眉を寄せるだけで注意はしなかった。


一体何年会っていないか分かってるんだろうか。
それでも未だに自分が必要とされているとでも思ってるんだろうか。

信じられない。
記憶にもほとんど残っていない父は、初めからそういう人だったんだろうか。

がっかりだ。
怒り……ううん、それよりも失望。
今頃になって父への感情がそんな風に塗り替えられるなんて、思ってもいなかった。
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