琥珀の記憶 雨の痛み
「後悔してるのかと……」

喋ったら、涙が落ちた。
母はそれには触れずに、微笑んだまま「んー?」と首を傾げる。

「結婚したこと」

「ええ?」

「離婚、したこと」

「あー……」

「私を、う、産んだこと」

最後につかえながらそう言うと、母は「まさか」と言わんばかりに肩を揺らして笑った。


「バツが付いたのは確かに失敗だけど。結婚したこと自体は後悔なんかしてないわよ。さっき言ったでしょう。結婚してなきゃ、莉緒は出来てないんだから」


ゆっくりと頭を撫でる手が、優しかった。
素直に甘えたら、今ならぎゅってしてもらえるかもしれない。

でも何だか恥ずかしくて、自分からお母さんの胸になんか縋れなくて。
そのままじっとしている内に、母の手はぽんぽんと2回『もうお終い』の合図をして離れてしまった。

「本当に、あんたは……」

苦笑して何か言いかけた言葉を、母は途中で飲み込んで。


「人間、失敗から学ぶことも多いのよ。だからお母さん、別にバツ付いたから人生終わったとも思ってないわ」

と、空気をがらりと変えるように、ニヤリと笑って見せた。

ふふっと笑いながら「嘘だぁ」と言う私に、「なんでよ」と顔をしかめる。


「だってお母さん、完璧主義だもん。失敗なんか許せないのよ。自分の失敗も、他人の失敗も」

だから私も、失敗しちゃいけないんだと……。
ああ、そんなの、ただの思い込みだったのかも知れないけれど。


母はちょっとだけ目を剥いて、それからまたニヤリと口角を上げた。

「お母さん、別に完璧主義なんかじゃないわ。元々完璧なのよ」


――素か、冗談か。
どっちにしても今日は、私の中で凝り固まっていた母のイメージが、どんどん崩れていく。
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