琥珀の記憶 雨の痛み
父のことを、もう愛してなどいない、と。
母は、はっきりと言い切った。
とっくに吹っ切れているし、今となっては若気の至りだったとしか思えないと。


嘘だ、と、私は少しごねた。
だってお父さんと新しい女性との間に子どもが出来たらしいと告げた時も、今回も、母はとても辛そうな顔をしていたから。
すぐには信じられなかった。


母は意外そうな顔をして、それから困ったように笑った。


「そんな顔してた? お母さん」

「してたよ。顔面蒼白で、今にも死んじゃいそうな顔」

不貞腐れた顔を隠さずにそう言うと、母は声に出して笑った。
目尻に涙まで浮かべて。

私はぽかんとしたまま、それを見つめていた。


「ごめんごめん。そんなの、あんたが心配だったからじゃない。逆にそんな変な心配させてるなんて、思いもしなかったわ」

「――私、が?」

「そうよ、莉緒が。……どんな人であったって、あの人があんたの父親であることには変わりないもの。だから莉緒が傷付いたり、嫌な思いをするんじゃないかって」


――完璧、だなんて、大嘘。
なんて不器用で分かりづらい……ヘタクソな、愛し方をこの人はするんだろう。

ううん、お互いだ。
口にしないから、伝わらなかった。
母の気持ちも、私の気持ちも。


「あの石は……?」

「石?」

「琥珀。私にくれたやつ。あれ、お父さんに貰ったんでしょう。いつまでも大事に取っておいて……未練があるから捨てられないんだと思ってた」


母はまた、「まさか!」と一言、そして笑い出した。
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