琥珀の記憶 雨の痛み
しあわせな、恋。

母の言葉を、私は口の中で小さく繰り返した。

片隅に尚吾くんの顔が浮かんで、それから、ナツに連絡しそびれたことに気が付いた。

もう大分遅い時間になってしまった。
明日でいいか、を繰り返している内に、どんどん言い出しづらくなるのは分かってるのに。


「あら。幸せじゃない恋してる顔」

「なっ! 一言も言ってないよそんなこと!」

「全部顔に出てるわよ」

と、母はからかいながらくすくすと笑う。

だ、騙されないもん!
誘導尋問には引っかからないんだから。

むうっと口を尖らせてみせると、母は笑いを引っ込めて首を傾げた。


「悩んでるんなら、聞くわよ」

「嫌よ。別に悩んでないし、恋もしてない」

「……莉緒は、嘘が下手ね」

そう言って目を伏せた母は、少しだけ、寂しそうだった。

だって、でも、お母さんに恋の相談なんて恥ずかしすぎるし。

チクリと胸を刺した罪悪感から逃げるみたいに、「それより」と話をすり替えた。

「今度、料理教えてよ。お母さんが仕事で忙しい時は、私が作るから」


この一言で一気に機嫌を良くした母は単純だ。
でもすぐに、「どうせバイトであんたの方が帰り遅いじゃない」と一蹴された。
確かに。

挙句、「料理を覚えようなんて、やっぱり恋ね」なんて……。
勘違いもいいとこだ。
結局話は元に戻ってしまい、藪蛇だった。
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