黒太子エドワード~一途な想い
「落ち着いてくれ、みんな! もう忘れたのか? フランス軍が戦いもせずに引き上げた時、皆の降伏の意志を父さんが一人で伝えに行くと言ったのを!」
 黒太子エドワードとそう年齢が変わらないように見える青年がそう言うと、再び広場は静かになった。
 だが、やはり、それも長くは続かなかった。
「その結果が、皆殺しなんだろう? 自分だけ助けてくれって言ってきたんじゃないのか?」
 どこの誰が言ったのかは分からなかったが、だからこそ皆、それに追従した。
「そうだ、そうだ! 自分だけ助かるつもりなんだ!」
「ずるいぞ!」
「そんなこと、させるものか!」
 次々そんな声があがる中、まだ若いユスターシュの息子は、顔をしかめた。
「これでは、話し合いどころではないな……」
 それを見て、ユスターシュ本人がそう言ってため息をつくと、息子は厳しい表情で囁いた。
「父上だけでもお逃げ下さい! これでは、イングランド軍に殺される前に、同じカレー市民の襲撃にあうかもしれませんから……」
「馬鹿なことを言うな!」
「ですが、この状況ですよ!」
 そう言うと、二人は異常な目の光を放つ民衆を見た。
「それは……そうだが……わしがここを離れるわけには……」
 困った表情でユスターシュがそう言いかけた時だった。
「おやおや、これは大変なことになっていますね。町の代表者の吊し上げですか? まぁ、私には関係のないことですが、次に交渉出来る人の用意はしておいて下さいよ」
 明るい青年の声が広場でそう言ったかと思うと、綺麗な飾りのついた帽子に、マントを羽織った青年が現れたのは。
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