飼い猫と、番犬。【完結】
御霊会(ゴリョウエ:祇園祭の当時の呼称)の最中である京の町は既に真夏の陽気だ。
じめじめとした空気の中、風が通るようにと開け放たれた障子の向こうで、低い位置で髪を一つに結わえた部屋の主が黙々と紙に筆を走らせていた。
「遅かったな」
「いやーすんまへん、ちと伊東はんに襲われてまして」
「はぁ?」
カクンと筆を止めた副長が訝しげに此方を向いた。
……ふむ。この反応やとこん人は手ぇ出されてへんのか。
常に仏頂面で人を拒むかのようなこの人に、何も気にせず平気で話し掛けるのは日野からの連中だけ。
あたかも警戒心剥き出しに見えるその鋭い眼光は、簡単には人を寄せ付けない為、まぁ当然と言えば当然だ。
「副長も後ろ、気ぃつけといてくださいね」
「気色悪ぃ物言いすんな。気を付けんのはお前ら監察だろ」
意味深長に目を細めた俺の言いたいことを直ぐ様理解した副長は、眉を潜めて心底嫌そうに墨の滲んだ紙を脇に置く。
そういう勘の良いところは流石だ。
俺達のような影は有能な頭がいてこそ真に役立つ。この人の下はそういう意味で居心地が良いと思えた。
「それよか別に変に気ぃつこてもらわんでええですよ。俺は俺で好きにやりますよって、用件はどーぞご自分で言いに来てください。で、何ですか?」
「……随分偉そうな下役だな。……俺だって忙しいんだよ」