イジワルな先輩との甘い事情


「合格だ。預金課では柴崎がトップの成績だった。よく頑張ったな」

にんまりと嬉しそうに笑う課長に、「ありがとうございます」とだけ返してデスクについてから、それをじっと見つめた。
渡された紙は、生保試験の結果だった。

92点。
合格ラインは70点だったから、私なりにかなり奮闘したと思う。

そうか……あれから一ヶ月経つのか、とぼんやりそれを眺めていると、「おはようございます」と挨拶しながら課に入ってきた安藤さんが課長に呼ばれる。
そして、「おめでとう」と言われ結果を渡されるなり、私のところに駆け寄ってきた。

「先輩何点でした?! えっ、92?! あー……2点負けたぁ」

ピラッて見えた安藤さんの点数は90点。
「勝てると思ったのにー」と、少し失礼な事を言いながら悔しがる安藤さんが、隣に座る。

それから私を見ると、苦笑いを浮かべて「負けました」と言った。

「先輩の一途さには敵いませんね」

そう笑う安藤さんに何て返せばいいのか分からなくて、曖昧に笑って仕事の準備を始める。

こうしていると、全部が夢みたいだなと思う。
昨日あった事全部が夢で……本当はまだ先輩と私は繋がってるんじゃないのかな、なんて。
水曜日と土曜日は、あの部屋に行ってもいいんじゃないかなって……先輩は笑顔で〝おいで〟って、言ってくれるんじゃないかななんて……。

でも。
じわって浮かびそうになった涙が昨日の現実を思い出させて、そんな儚い期待をさらっていく。
波にさらわれた砂みたいにサラサラと流れた本当の夢の世界が、水面下でキラキラ光り消えていった。

真っ暗な世界。もう何も聞こえなかった。

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