落ちる恋あれば拾う恋だってある
北川夏帆はスマートフォンを握り直すと今度は自分から電話をかけ始めた。
「あ、もしもしお母さん? あのね、決まったよ! 採用してもらえたの! ……そう、求人サイトのとこ!」
俺の存在を忘れてしまったかのように、北川夏帆の声は喜びと未来への希望を含んで廊下に響いた。それをうるさいとは思わなかった。今にも泣きそうな北川夏帆の顔からして、電話の向こうの母親の喜ぶ姿も想像できた。
「これで千秋の入学金も払えるね! ……うん!」
入学金? この子は家族の生活もかけて仕事を探していたのだろうか?
「今から帰るね。じゃあね」
再び通話を終えると、北川夏帆は安心からか先程の俺よりも大きく息を吐いた。
「あっ……」
やっと俺の存在を思い出したのか、「すみません……うるさくしてしまって……」と謝った。こんな俺にすら気を遣う北川夏帆に微笑んで「おめでとう」と心から言った。
「ありがとうございます……」
顔を赤くして下を向く姿は見慣れてしまった。その態度をバカにすることはもうしない。今の北川夏帆は俺なんかよりもキラキラと輝いていた。
俺は帰るために立ち上がった。
もう北川夏帆と会うことはないだろう。自分がつまらない人間だと思い知らされる機会も減ってくれる。
「あの、落としましたよ……」
か細い声に振り返ると北川夏帆が床に落ちた紙を拾うところだった。俺が膝に置いていた求人票が立ち上がった拍子に落ちてしまったのだろう。
「ありがとう」
俺は求人票を受けとると、近くにあるゴミ箱へ近づき捨てようとした。
「待って!」
大きな声に思わず手が止まった。
「捨てちゃうんですか?」
「ああ……うん。どうせ受けても不採用だろうし」
「その会社が一生勤められる会社かもしれないですよ……」
北川夏帆は顔を真っ赤にして俺に訴えた。