どうぞ、ここで恋に落ちて
私はふたりの間に立ち昇る落ち着かない雰囲気の正体をようやく見つけた。
私も樋泉さんも、失うことへの恐怖でいっぱいだったんだ。
やっと出会えた大好きな人が、いつか愛想を尽かしてどこかへ行っちゃうんじゃないかって。
完璧な樋泉さんにはどうやったって追いつけないとわかっているから、私とつり合う部分ばかり焦って愛そうとする。
樋泉さんが私の前で完璧でいようとするのも、変に過保護になってるのも、本当は不安の裏返しなのかもしれない。
お互い、呆れるくらい自信がないんだ。
そう思ったらすごく情けないはずなのに、がんじがらめになって強張っていた心が、春の息吹で雪解けのときを迎えたかのようにやわらかく解けていくのがわかった。
「古都……?」
パチパチと放心したように目を瞬く私を、樋泉さんが心配そうに覗き込む。
私はほんの少し頬を緩めて、左頬をなでる樋泉さんの手を両手で握った。
その手を下ろしながら、嫌でも私を惹きつけて放さない男の人をまっすぐに見上げる。
「樋泉さんは、私のことが好きですか?」
「えっ?」
唐突な質問に、樋泉さんが狼狽えて首を傾げた。
私は構わず息を吸い込む。
「私は、樋泉さんが好きです。かっこよくて優しくて、気品も色気もあってモテモテなのに誠実で、だけどときどきすごくキュートで、赤くなって照れる樋泉さんには何より胸がきゅんとして」