君のために歌う歌
「え、いや、友達と…」



宙子は誰だろうと思いながら、しどろもどろになって答えた。



「そうなんだ?友達は?」



宙子はもう一度ビクッとした。


後ろからも話しかけられたのだ。



もう1人は優男風なパーマがかかった、似たような雰囲気の男性だった。


「え、と、前の方で見てます。」


「へぇ。」


「浴衣かわいいね。今のバンド好き?」

剃り込みは、吐息を感じるくらいの距離に顔を寄せて話してきた。




「いや、初めて見ました……」


宙子はニヤニヤといやらしく笑う2人から逃れたかったが、気づくと二人に取り囲まれ、人混みは行く手を阻んでいた。



「そうなん?まぁ俺らもなんだけどさ。ね、俺達と一緒に見ようよ。」



パーマは宙子の腰に手を回した。

腰といっても、浴衣だったので、もう、ほぼ、お尻だ。


宙子は鳥肌が立った。


やめてください、と言う声が、出ない。





「何?いや?」



パーマはその手に力をぐっと入れて更に宙子を自分に近づけた。



隅の目立たない場所で、剃り込みに姿を隠されている宙子が涙目になっても、他の観客は誰も気づかなかった。

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