大人の恋はナチュラルがいい。

 私の短い髪を何度も上下する大きな手。包容力さえ感じるそのしぐさに胸が詰まって涙が出そうになる。爆発しそうな切なさに歯止めを掛けるため、テーブルにペリエの瓶を置くふりをして太一くんの手から逃れた。すると。

「あっ」

 前傾姿勢になった腕にぶつかって、テーブルに立てかけてあった紙袋を倒してしまった。ドサッと重たい音をたてて袋から滑り出てしまった数冊の本を私は慌てて拾う。

「ごめん、倒しちゃった……ん?テキスト?」

 手にしたA3版の本は表紙にポップなカラーで『社会労務士 必修テキスト』とでかでかと書かれていた。ふと見れば他の本も過去問やらガイドブックやら皆、社会労務士の資格に関するものばかりだ。私はそれを不思議そうな目でマジマジと眺めてしまった。だって太一くんは行政書士なのに、なんで社労士のものを?

「社労士の資格も取るつもりなんだ。いずれ独立するつもりだからね」

 床にしゃがみこんでいた私の後ろから手が伸びて、バラけていた本をひょいひょいと拾っていく。振り向けばいつものように口角を少しだけ上げて微笑む太一くんの姿が。「ん」と手を差し出され、持っていたテキストを渡すと彼はそれを含めた数冊の本をトントンとテーブルで揃え丁寧に置き直した。

「独立するには行政書士だけの資格じゃ今の時代厳しいからね。取れる資格は取って、出来る仕事を増やして顧客を作っていかなくっちゃ」

「そうなんだ……」

 初めて聞いた彼の将来の展望に、勤勉だなあと感心してしまう。行政書士の資格が簡単に取れるものではない事ぐらい素人の私だって知っている。そのうえ更に資格を取ろうと云うのだから大した向上心だ。

 尊敬の眼差しを向けている私に太一くんはニコリと微笑むと、ソファに座りなおしてから照れくさそうに鼻を掻きつつ喋り始めた。
 
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