ストックホルム・シンドローム
急がないと。
急がないと…!
部屋に入ると、僕は乾いた咳をする沙奈にコップを差し出した。
「ほら…持ってきたから…」
僕自身の手が、震えている。
ストローを口元に持っていくと、よほど我慢していたのだろう、沙奈はあっという間にコップ一杯分の水を飲み干した。
「本当にごめん…ごめん…許して…僕を、嫌わないで」
沙奈に懇願する。
沙奈は何も言わない。
「…トイレは、こっちだから」
沙奈をお姫様抱っこをして抱きかかえると、僕はトイレへと歩を運ぶ。
あぁ…手錠はどうしようか。
トイレの前に沙奈を立たせると、僕は言った。
「…絶対に、僕の元から逃げないって約束してくれるなら、手錠と足の縄を外すよ」
「…わかった」
沙奈が、小さく、返事をした。
「…」
僕は懐から手錠の鍵を取り出すと、鍵穴にはめ、回した。
軽やかな音を立て、手錠は外れる。
常備している短いナイフを足の縄に当てて切ると、トイレの中へと沙奈をいざなった。
「じゃあ、外に出るから」
沙奈が頷く。
僕はトイレの外に出て鍵がかかった音を聞くと…気が抜けて、扉に背を預けると、へたり込んだ。
…どうしようどうしようどうしよう。
嫌われたらどうしよう。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
沙奈から嫌われるなんて、絶対に嫌だ!