ストックホルム・シンドローム
『ホント嫌いなの、あたし。あんたみたいな、愛の重い男』
嫌だ…嫌われたくない…チアキにも嫌われたのに、沙奈にまで拒絶されたら…!
…その時、水の流れる音が耳に届いて、僕は我に帰った。
…チアキ?
どうしてあんな奴…チアキのことなんか思い出す?
僕が愛しているのは、沙奈だけなのに。
僕には沙奈しか、いないのに。
「…そうだよ。僕が愛しているのは、沙奈だけじゃないか」
呟いた直後、トイレの扉がノックされて、川のせせらぎのような声が僕の耳に入った。
「…終わったけど」
「…あ、あぁ。じゃあ、目隠しをして、出てきて。…君にあまり顔を見られたくないんだ」
…二十秒ほどして、沙奈が扉を開けて、出てきた。
目にはちゃんと、僕の顔が見えないようにサテンの布を巻いている。
…いい子だね。
微笑をつくると、僕は無抵抗の沙奈の足に同じように縄を巻きつけ、手首に手錠をかけた。
小柄な身体を両腕に抱えると、部屋に運びながら、僕は沙奈に囁く。
「…これからは…その、行きたいなら、声をかけてほしい。水も、言ってくれれば用意するから」
沙奈は無言で、頷いた。