ストックホルム・シンドローム
『気持ち悪い。ストーカーかよ』
『浮気?してないってー!彼女を疑うとかサイテイ』
『は?愛してる?…アハハ、くっさ。
だから言ってんじゃん、あたしは――』
暗い部屋の中。
真夜中に目を覚ました僕は、夢の中で聞いたチアキの言葉の続きを紡いだ。
「…あんたが、嫌いだって」
ベッドの上に起き上がると、あまりの不快感に右手で両目を覆う。
沙奈と暮らし始めてから、以前にも増してチアキのことを鮮明に思い出すようになってきた。
もうチアキとは、決別したはずなのに。
どうして、ベッドで眠る沙奈の姿とチアキの姿が重なるのだろう。
チアキよりも、僕は沙奈を愛している。
…本当に?
…あぁ、もちろん、本当に。
沙奈だけを。
チアキよりも。
もっと色濃く、深く。
――愛している。
「…沙奈」
無性に、沙奈を、沙奈の体温をこの胸の中に感じたかった。
沙奈が僕を愛してくれたなら、僕はこの悪夢から抜け出せるのだろうか。
僕はベッドから降りると、沙奈の部屋に向かう。
沙奈の部屋の鍵を開け、中に入り込み、ベッドに横たわる沙奈の姿を見る…。
沙奈はやわらかな寝息を立て、眠っていた。
…沙奈を起こしてはいけない。
僕はしばしベッドのそばに立ち尽くし、沙奈を見つめていた。
…好きだよ、沙奈。
…僕は…。
…扉に再び鍵をかけ、自分の寝室に戻ると、僕はまた枕に頭を預けた。
…おやすみ、沙奈。