ストックホルム・シンドローム
「…僕が沙奈のことを信じられるようになったら、外してあげるよ。僕だってずっと拘束しておくのは、嫌だから」
沙奈が一度、故意か偶然か…手錠の擦れる金属音を鳴らした。
そういえば、もう夜だな。
「そろそろ眠ろうか。おやすみ、沙奈」
「…おやすみ」
僕は立ち上がり、沙奈の赤い唇に口をつける。
軽いリップ音が耳に届いて、僕は顔を上げると、扉に向かった。
扉の前に立つと、ふと振り返って沙奈の方を見る。
沙奈はベッドの上、身動きもせず、口を硬く閉ざしている。
…沙奈。
さな。
僕の、沙奈。
君が僕を愛してくれるのなら、僕はいつだって君を縛る手錠を外してあげるよ。
君の心も身体も全て、僕の色に染まればいい。
寝室に戻り、ベッドに倒れこんだ僕は、深呼吸をする。
沙奈は、僕だけのもの…。
窓から差し込む月光と、光を遮る木々が、床に不思議な形の影を作っていた。
不意に頭にこだまする、忌々しい声。
『…好きなのは伝わってくるんだけどさ、重すぎ。相手に同じ量を求めんなよ』
愛している人からの愛を求めるのは、おかしなことでも、なんでもないはずなのに。
「…おやすみ、沙奈」
僕の愛しい人。
なんともいえない眠気がやってきて、僕はゆるりと意識を手放した。